退職を迷う人へ。決断前に確認すべき5つの制度

コラム・体験談

退職届のテンプレートを、もう何回ダウンロードしただろう。

パソコンのデスクトップに「退職届_下書き」というWordファイルがある。作成日は去年の4月。何度か開いては、名前の欄を見つめて、閉じる。上書き保存すらしていない。

毎朝、5歳と3歳の子どもを保育園に送って、経理部のデスクに座る。請求書を処理して、仕訳を入力して、月末には試算表を出す。帰り道、保育園の駐車場に着くたびに思う。——今日も、辞めるとは言えなかった。

辞めたい。でも、辞めたあとの生活が見えない。その不安が、退職届のファイルを毎回閉じさせていた。これは、退職を1年間迷い続けた私が、5つの制度を確認して、ようやく決断できるまでの記録。公式LINEでも制度まわりの情報を配信しているので、あわせてどうぞ。

経理なのに、自分のお金のことは何も知らなかった

会社では毎月、社会保険料の計算をしていた。健康保険、厚生年金、雇用保険。従業員の給与明細に載る数字を、10年近く処理してきた。

なのに、「自分が辞めたらどうなるか」を考えたことがなかった。

退職したら健康保険はどうなる。年金は。失業保険はいつからもらえる。他人の保険料は間違いなく計算できるのに、自分の退職後の収支は真っ白。恥ずかしい話だと思う。

夫の手取りは月28万円。住宅ローンが月9万円、保育料が2人で月6万円。私の手取りは23万円。電卓を叩けばすぐにわかった。私の収入がゼロになれば、毎月10万円以上の赤字になる。貯金は200万円ほどあったけど、1年半で底をつく計算。

子どもがいなかったら、もっと早く辞めていたかもしれない。でも5歳と3歳を抱えて、「なんとかなる」とは口が裂けても言えなかった。

夫に「辞めたいんだけど」と言えた夜

去年の12月。子どもたちが寝静まったあと、リビングのソファで夫に切り出した。

「……会社、辞めたいんだけど」

夫はテレビのリモコンを置いて、少し黙った。5秒くらい。その5秒が、すごく長かった。

「うん。知ってた。朝、顔見たらわかるよ」

怒られると思っていた。「ローンどうするの」と詰められると。でも夫は「お金のことは一緒に調べよう」とだけ言った。

エプロンで顔を拭いた。泣いてしまっていた。かっこ悪いけど、それくらい、ずっと一人で抱えていたのだと思う。

ただ、「一緒に調べよう」と言ったものの、具体的に何を調べればいいのかが二人ともわからない。夫は営業職で社会保険に詳しくないし、私は経理のくせに退職後の制度なんて調べたことがなかった。

その夜から、子どもが寝たあとにスマホで検索する日が始まった。

布団の中で調べた5つの制度

子どもの寝息を聞きながら、スマホの画面を最低輝度にして調べた。1週間くらいかかった。制度の名前だけは仕事で見覚えがあっても、「自分が使えるかどうか」を判断するのに時間がかかる。

調べていくうちに、退職前に確認すべき制度が5つに整理できた。

制度 ざっくり言うと 私のメモ
傷病手当金 病気で働けない間、給与の約2/3が最長1年6ヶ月 在職中に受給開始が条件
失業保険(雇用保険) 退職後の求職期間中に基本手当が出る 診断書で給付制限なしの可能性
自立支援医療 心療内科の自己負担が3割→1割 退職後も継続できる
国保減免 退職理由により保険料が最大7割軽減 特定理由離職者が対象
年金免除 退職を理由に保険料の全額免除が可能 市区町村の窓口で申請

経理の仕事で「傷病手当金」も「雇用保険」も毎月処理していた。なのに、自分に当てはめて考えたのは初めてだった。他人の数字は正確に扱えるのに、自分のことになると途端にわからなくなる。不思議な話だけど、本当にそうだった。

「月15万円、もらえるかもしれない」

5つの制度を、一つずつ自分の状況に当てはめていった。

私の場合、半年前から職場のストレスで心療内科に通い始めていた。主治医に相談すれば、傷病手当金の対象になる可能性がある。月給23万円の3分の2で、約15万円。最長1年6ヶ月。

失業保険は、医師の診断書があれば「特定理由離職者」として扱われることがある。そうなれば自己都合退職でも、2ヶ月の給付制限がなくなる。

自立支援医療は、すでに通院していたから申請できそうだった。毎月の通院費が3割から1割に。大きな額ではないけど、退職後の家計には地味に効いてくる。

国保の減免と年金の免除も、条件を満たせば対象になり得る。

全部をExcelに入力した。夫の収入+傷病手当金で、赤字幅が月3万円程度に収まる計算になった。貯金200万円が底をつくまでの期間が、1年半から5年以上に延びた。

画面を閉じて、天井を見た。初めて、退職後の生活に輪郭が見えた。

それでも、退職届を出すまでに2ヶ月かかった

制度を調べて、数字で「なんとかなりそう」とわかった。なのに、すぐには辞められなかった。

夜中に目が覚めて、「傷病手当金の審査で落ちたらどうする」と考える。Excelの計算はあくまで「もらえた場合」の話。申請が通らなかったら、あの1年半で底をつく数字に逆戻りする。

経理部の引き継ぎも気になった。後任に仕事を教える時間が要る。決算期は避けたい。上司にどう切り出すか。退職理由を聞かれたとき、正直に話せるのか。

「辞める」と決めたあとも、やることが山積みだった。

結局、退職届を出したのは2月の終わり。制度を調べ始めてから2ヶ月後のことだった。あの「下書き」のWordファイルに名前を入力して、印刷して、封筒に入れて、上司のデスクに置いた。

指先が震えていた。大げさじゃなく、本当に。封筒を置いて自分の席に戻ったとき、心臓がうるさかった。でもどこかに、「やっと置けた」という静かな安堵があった。

制度を知ることは、地図を手に入れること

退職を迷っていた1年間、一番しんどかったのは「先が見えないこと」だった。辞めたあとの生活がまったく想像できない。暗闇の中に飛び込むような感覚。

でも、制度を一つずつ調べて、Excelに数字を入れていったとき、暗闘に地図ができた。完璧な地図じゃない。「たぶんこの道で大丈夫」程度の、ぼんやりした見取り図。それでも、あるのとないのとではまるで違った。

退職後に使える制度を網羅的に知りたい方は、退職後に使えるお金の制度一覧にまとまっている。退職後のお金の不安が漠然としているなら、退職後のお金の不安を解消する方法を先に読んでみるのもいいと思う。パワハラが絡んでいる場合は使える権利がもっとあるかもしれない。パワハラで退職する前に知るべき制度と権利の全知識を確認してみてほしい。

あのWordファイルは、もうデスクトップにない

迷っていい。1年かかっても、それは弱さじゃない。

ただ、迷いながらでいいから、退職後のお金のことだけは調べておいてほしい。制度を知ったからといって、すぐに決断できるわけじゃない。私だって、知ってからさらに2ヶ月かかった。でも、何も知らないまま迷い続けるのと、数字を見たうえで迷うのとでは、不安の手触りがまるで違うから。

あのWordファイルは、もうデスクトップにない。削除したんじゃなく、印刷して、封筒に入れて、上司の机に置いた。それだけのこと。

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※この記事は2026年2月時点の情報に基づく個人の体験・見解であり、法的・医学的アドバイスではありません。
制度の詳細は厚生労働省・協会けんぽ・ハローワークの公式情報をご確認ください。
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