傷病手当金を自分で申請してみた|初回申請の全記録

コラム・体験談

ダイニングテーブルの上に、印刷したばかりの申請書が4枚。隣に黒のボールペンと、協会けんぽのサイトを表示したノートPC。母が淹れてくれた麦茶は、もう氷が溶けきっている。

「報酬の支払い有無」「労務に服することができなかった期間」——活字は読める。でも何を書けばいいのかわからない。ペンを持って、置いて、また持つ。テーブルの上で3回、ペンが転がった。

適応障害で退職してから1ヶ月半。25歳の私は、傷病手当金を自分で申請しようとしていた。業者に頼む貯金はない。サポート料金のページを見て、そっとブラウザを閉じた翌日のことだった。公式LINEでも制度まわりの情報を配信しているので、あわせてどうぞ。

Web制作会社を辞めた日のこと

2年目の冬だった。小さなWeb制作会社のデザイナー。バナー、LP、コーディング。朝から終電まで画面と向き合う日が続いて、ある朝、Figmaを開こうとしたら手が震えた。

マウスを握れない。正確に言うと、握れるけど動かせない。カーソルがアートボード上で揺れるのを見て、「これ、おかしいな」と思った。

心療内科をオンラインで受診したのは、その週末。「適応障害ですね」と言われて、不思議と驚かなかった。どこかで、わかっていたんだと思う。

退職届を出して、引き継ぎの2週間を終えて、実家に戻った。都内のワンルーム7万2千円は、もう払えなかった。貯金は35万円。

申請書をダウンロードした夜

傷病手当金のことは、退職前の最後の診察で主治医が教えてくれた。「条件を満たしていれば退職後も受け取れるので、調べてみてください」と。

実家の布団の中で調べた。月給18万円の3分の2で、約12万円。最長1年6ヶ月。

同時に目に入った「申請サポート」の料金——成功報酬で数十万円。35万円の貯金では払えない。物理的に、無理だった。

もう少し調べると、手続き自体は自分でもできるとわかった。申請書を書く。会社に事業主証明をもらう。医師に意見書を書いてもらう。この3つ。

協会けんぽのサイトから「傷病手当金支給申請書」のPDFをダウンロードした。A4が4枚。自分が書くのは2枚。名前、住所、振込先口座。そこまではよかった。

問題は「療養のため休んだ期間」と「報酬を受けた期間」の欄。退職日が11月30日で、12月以降は無職。「申請期間」の開始日をいつにすればいいのか。在職中の最後の3日間は待期期間に当たるのか、退職後からなのか。

記入例を見比べて、頭の中がぐるぐるした。その夜は1文字も書けないまま、PCを閉じた。

3回、書き直した

翌日から、腹をくくって書き始めた。

1回目のミス。「申請期間」の開始日に、待期期間の初日を書いてしまった。待期期間の3日間は支給対象外だから、4日目から書くのが正解。協会けんぽのQ&Aを3回読み直して、ようやく気づいた。修正液で消そうとして——やめた。修正液だらけの書類を提出する気にはなれない。プリンターで刷り直し。

2回目のミス。振込口座にゆうちょ銀行を指定したのに、記号・番号を通常の銀行と同じ書き方で記入した。ゆうちょは独自の変換ルールがある。通帳の表紙裏を確認して、初めてそのことを知った。また刷り直し。

3回目のミス。「発病時の状況」の欄に「仕事のストレスで」とだけ書いた。抽象的すぎると審査に影響する可能性がある——申請書の書き方を解説した記事にそう書いてあった。「業務量の増加と職場の人間関係により、不眠・食欲不振が続いた」。具体的にすると、印象がだいぶ変わる。書き直した。

4枚目の用紙でようやく、全欄を埋めることができた。プリンターのインク残量が心配になるくらい刷り直した。たかが書類に4日。笑えないけど、事実。

会社への連絡が、いちばん怖かった

申請書の「事業主記入欄」は、退職した会社の人事部に書いてもらう必要がある。出勤状況や報酬の支払い状況を、会社側が証明する欄。

電話するつもりだった。人事部の番号は退職時の書類に書いてある。スマホに番号を入力して、発信ボタンに親指をかざして——画面が暗転する。ロックを解除して、また番号を表示させて、また暗転する。

声を出して話すこと自体が怖かった。あのオフィスの空気につながる回線を、自分から開きたくなかった。

結局、メールにした。退職時にやり取りした人事担当者のアドレス宛に、件名は「傷病手当金の申請に伴う事業主証明のお願い」。本文は3行だけ。退職日と、保険の資格喪失日と、証明をお願いしたい旨。敬語の言い回しを10回くらい直して、「お忙しいところ恐れ入りますが」をつけて、送信した。

返信は翌日の午後。「承知しました。1週間ほどお時間をいただきます」。

たった1行の業務連絡に、肩の力が全部抜けた。届いた事業主証明は、淡々と記入されていた。そのそっけなさが、逆にありがたかった。

封筒を閉じた日

医師の意見書は、次のオンライン診察でお願いした。

「傷病手当金の申請書なんですけど、先生に記入していただく欄があって……」

「はい、よくありますよ。次回までに書いておきますね」

拍子抜けするほど軽かった。記入料は300円。

1週間後に届いた意見書を確認して、自分が書いた2枚、会社の証明1枚、医師の意見書1枚。4枚を揃えて茶封筒に入れた。

封をする前に、全ページを声に出して読み上げた。名前の漢字、口座番号、申請期間の日付。母が廊下から「何やってるの」と覗いたけど、「ちょっと確認」とだけ答えた。

簡易書留で投函。郵便局の自動ドアを出た瞬間、12月の風が冷たかった。でも、足が少し軽かった気がする。気がしただけかもしれない。

投函から入金まで、42日

投函したのは1月15日。協会けんぽのサイトには「審査に2週間〜1ヶ月程度」と書いてあった。最初の2週間は、比較的おとなしく待てた。

3週間目から、毎日のように口座を見るようになった。朝起きて、銀行アプリを開いて、残高を確認して、閉じる。変わっていない。昼にまた開く。変わっていない。

「書類に不備があったのかもしれない」。あの3回目のミスを直したとき、本当に正しく書けていたか。ゆうちょの番号は合っていたか。不安が膨らむたびに、手元の控えのコピーを見返した。

健保組合に電話して確認しようと思った。でもまた、発信ボタンの前で止まる。電話が怖いのは、相変わらずだった。

入金があったのは、2月26日。投函から42日目。

通帳記帳して、印字された約12万円の数字を見て、しばらくATMの前で動けなかった。後ろに人がいなくてよかったと思う。

母に「入った」とだけ伝えて、自分の部屋に戻った。ドアを閉めてから泣いた。

自分でやれたという事実

楽だったかと聞かれたら、まったく楽じゃなかった。書類に4日。会社へのメール1通に半日。入金待ちの42日間。全部しんどかった。

でも、やれた。25歳、適応障害、貯金35万円。その状態で、誰にもお金を払わずに傷病手当金を受け取ることができた。

手順の全体像を知りたい人は「傷病手当金を自分で申請する方法」に、申請書の書き方で迷ったら「申請書の記入例と注意点」にまとめてある。制度の基本から確認したい人は「傷病手当金の申請方法」が参考になると思う。

私のケースはあくまで一例で、加入している健保組合や申請時期によって対応は異なる。でも「自分でもできるんだ」という感覚は、ここに残しておきたかった。

4枚の書類がくれたもの

あれから数ヶ月が経った。2回目の申請も通って、少しずつ生活のリズムが戻ってきている。

今でもたまに、あの4枚の申請書のことを思い出す。A4用紙4枚。たったそれだけのことに、何日も怯えて、何回も刷り直して、封をするのに声に出して確認までした。

でもあの4枚が、「動けた」という小さな実感をくれた。適応障害でマウスも握れなくなった私が、自分の手で生活を立て直す一歩を踏めた証拠。

同じ場所にいる人がもしいたら、伝えたい。書類は何度でも刷り直せる。間違えたら、また書けばいい。時間がかかっても、届けば同じ。

退職前後の「お金の手続き」をまとめて配信しています。

傷病手当金・失業保険・再就職手当──知っているかどうかで、数百万円変わることもあります。

💬 LINEで受け取る ▶

※この記事は2026年2月時点の情報に基づく個人の体験・見解であり、法的・医学的アドバイスではありません。
制度の詳細は厚生労働省・協会けんぽ・ハローワークの公式情報をご確認ください。
心身に不調を感じている方は、必ず医療機関にご相談ください。

💬 無料相談
タイトルとURLをコピーしました