深夜2時。授乳を終えた息子が、ようやく寝息を立て始めた。ベビーベッドの横に転がった哺乳瓶。ミルクが少しだけ底に残っている。片づけなきゃ、と思いながら動けない。
隣で夫が寝返りを打った。起こしたくないから、息を止めるようにして布団に潜り込む。目を閉じる。でも頭の中が静かにならない。今日もミルクの量を間違えた。夕方、泣き止まない息子を抱いたまま、気づいたら自分も泣いていた。こんな日がもう半年続いている。
マタニティブルーって、2週間で治まるんじゃなかったのか。
その夜、布団の中でスマホを開いて「産後うつ チェック」と検索した。この記事は、あの夜の私が書いている。受診が必要な10のサインと、セルフチェックの方法。そして、チェックのあとに私がやったこと。公式LINEでも産後の制度まわりの情報を配信しているので、あわせてどうぞ。
「産後うつ チェック」と検索するまでの6ヶ月
「そのうち治るから」と言われた日々
出産直後から、涙もろかった。
退院の日、タクシーの窓から見える街並みがぼやけた。なぜか涙が止まらない。助産師さんには「産後はホルモンが急に変わるから、2週間もすれば落ち着きますよ」と言われた。母も同じこと。「みんな通る道だから」。
マタニティブルーというものらしい。産後3〜10日ごろに現れて、2週間以内に自然に回復する一過性の情緒不安定。ホルモンの急激な変化が原因で、産後の女性の30〜50%が経験するとされている。
だから待った。2週間。1ヶ月。3ヶ月。
治らなかった。
1ヶ月健診。小児科の待合室は、同じくらいの月齢の赤ちゃんを抱いたお母さんたちでいっぱいだった。パステルカラーの壁に貼られた予防接種のポスター。隣に座った女性が、赤ちゃんの写真を撮りながら笑っている。私は息子を抱いたまま、膝の上のマザーズバッグのファスナーを何度も上げ下ろししていた。「気分はどうですか」と聞かれて、「大丈夫です」と答えた。大丈夫じゃなかった。でも周りのお母さんたちが当たり前のように問診票を書いている中で、自分のことなんて言い出せない。ボールペンを持つ指に力が入りすぎて、問診票に文字の跡がくっきり残った。
産後うつは、マタニティブルーとは違う。あとから調べてわかったことを、表にしておく。
| マタニティブルー | 産後うつ | |
|---|---|---|
| 発症時期 | 産後3〜10日 | 産後2週間〜数ヶ月 |
| 持続期間 | 2週間以内に自然回復 | 2週間以上持続 |
| 頻度 | 産後女性の30〜50% | 産後女性の10〜15% |
| 日常生活への影響 | 軽度・一過性 | 育児・家事に支障が出る |
| 対応 | 周囲のサポートで回復 | 医療機関への相談が推奨 |
6ヶ月。私の状態は「ブルー」なんかじゃなかった。でもあの頃は、この違いを知らなかった。
スマホで「産後うつ」と打った夜
きっかけは、息子が6ヶ月を迎えた日の夜だった。
半年記念に写真を撮ろうとして、スマホを構えた。息子が笑っている。シャッターを切った。でも——可愛いと思えなかった。
自分の子どもを見て、何も感じない。スマホを持つ手が冷たくなっていた。画面に映った息子の笑顔と、そこに重なる自分の無表情。指先の感覚がなくなるみたいに、ゆっくり体温が引いていくのがわかった。
授乳を終えて息子を寝かしつけたあと、布団の中でスマホを開いた。検索窓に「産後うつ チェック」と打つ。指がわずかに震えていて、最初「さのご」と変換された。打ち直して、検索ボタンを押した。
検索結果を上からひとつずつ開いていく。受診が必要なサインの一覧。チェックリスト。体験談。読み進めるうちに、胸のあたりがぎゅっと締まった。
受診が必要だった、10のサイン
複数の医療機関が挙げている「産後うつの受診が必要なサイン」を読んだとき、スクロールする指が止まった。当てはまることが、多すぎた。
以下が、そのとき読んだ10のサイン。私の状況を添えて書いておく。
1. 2週間以上、気分の落ち込みが続いている
2週間どころか、半年だった。
2. 赤ちゃんが寝ていても眠れない
「寝られるときに寝なさい」と何度言われたかわからない。寝られるなら寝ている。目を閉じても、明日のミルクの在庫とか、予防接種のスケジュールとか、どうでもいいことが頭の中で回り続ける。
3. 食欲がない、または食べすぎてしまう
菓子パンとカップスープで1日が終わる日が増えた。料理する気力がない。でも深夜に台所でチョコレートを立ったまま食べている自分に気づくこともあった。
4. 理由もなく涙が出る
洗い物をしていて。テレビのCMを見て。息子が笑ったのを見て。なぜ泣いているのか自分でもわからない涙が、毎日何度も出た。
5. 赤ちゃんに対して感情が湧かない
お風呂に入れるとき、息子の背中を手のひらで支えていた。お湯の温度は確認したはずなのに、温かいのか冷たいのかわからない。可愛いはずの我が子を見ても、何も感じない瞬間がある。世話をしているとき、自分がロボットみたいだと思った。
6. 強い罪悪感、「ダメな母親だ」という思い
ミルクをこぼしただけで、「こんなこともできないのか」と自分を責めた。1日に何十回「ごめんね」と息子に言っただろう。
7. 集中力がなくなる、判断ができない
夕飯のメニューが決められない。「何食べたい?」と夫に聞かれて、10分間答えが出なかった。こんな簡単なことが。
8. 以前好きだったことに興味がなくなる
出産前は毎クール欠かさなかったドラマも、友達のインスタも、もうどうでもよかった。スマホを開いても、何を見ればいいかわからない。
9. 漠然とした不安や焦燥感が続く
何が不安かわからない。でも胸がずっとざわざわしている。息子が泣くたびに、心臓がぎゅっと締まった。
10. 「消えてしまいたい」という気持ち
死にたいわけじゃない。ただ、「私がいなくても、夫がちゃんとこの子を育てるんじゃないか」と思う瞬間が、何度かあった。
10個のうち、7つに当てはまった。
画面をスクリーンショットして、しばらくそのまま見つめていた。認めたくなかった。でも、もう「気のせい」とは思えなかった。
エジンバラ産後うつ病質問票(EPDS)をやってみた
もう少し踏み込んでチェックしたくなって、検索を続けた。「エジンバラ産後うつ病質問票」というものが見つかった。EPDS(Edinburgh Postnatal Depression Scale)。厚生労働省も産後のメンタルヘルスのスクリーニングに推奨しているツールで、自治体の産後健診でも使われることがある。
10項目の質問に、0〜3点の4段階で回答する。合計点は0〜30点。
| 合計点 | 目安 |
|---|---|
| 8点以下 | 産後うつの可能性は低い |
| 9点以上 | 産後うつの可能性あり。専門家への相談が推奨 |
| 13点以上 | 産後うつの可能性が高い。早めの受診が推奨 |
※ EPDSはスクリーニングツールであり、診断を確定するものではない。結果にかかわらず、気になる症状がある場合は医療機関への相談が推奨されている。
質問の内容は「笑うことができたか」「不必要に自分を責めたか」「はっきりした理由もなく不安になったか」など。所要時間は5分もかからなかった。
深夜3時。布団の中でスマホを横にして、一問ずつ答えた。「笑うことができたか」——画面を見つめたまま、最後にいつ声を出して笑ったか思い出せなかった。「不必要に自分を責めたか」——指が選択肢の上で止まる。「いつもそうだった」を選ぶとき、スマホを持つ手の甲に爪が食い込んでいた。一問答えるたびに、胸の奥が重くなる。全部で10問。たった5分のはずなのに、最後の質問を選び終えたとき、額にうっすら汗がにじんでいた。
結果は13点。
数字を見た瞬間、息が詰まった。画面の「13」がぼやけて、まばたきしても焦点が合わない。指先がしびれるような感覚があった。でも同時に、「気のせいじゃなかったんだ」という安堵に似た感覚が胸の奥にあった。半年間の自分に、やっと名前がついた気がした。
チェックのあとに、私がしたこと
13点。9点以上で「可能性あり」。「そのうち治る」とは、もう思えなくなった。
受診したほうがいい。頭ではわかった。でも、すぐには動けない。
「生後6ヶ月の赤ちゃんを連れて心療内科に行くの?」「待合室で泣いたらどうする?」「予約の電話をかける気力がない」「夫にどう説明すればいい?」——ハードルが次々に浮かんでくる。
派遣社員の私は、年明けに契約更新の面談がある。この状態で仕事に戻れるのか。もし戻れないなら、退職前に受診しておくべきなのか。頭の中がぐるぐるした。
翌日の昼、息子が昼寝をしている間にもう一度スマホを開いた。検索結果の中に「オンラインで心療内科を受診できる」という記事があった。自宅から受診できる。予約はWebで完結して、電話しなくていい。赤ちゃんが寝ている隣で、画面越しに医師と話せる。費用もカード払いで、オンライン診療の初診料は6,000円だった。
——これなら、できるかもしれない。
その日の夜、夫に「ちょっと相談がある」と言った。EPDSの結果を見せた。夫は黙って画面を見つめて、しばらくしてから「最近つらそうだなとは思ってた」と言った。気づいていたのか。ずっと気づいていて、でも聞けなかったのか。涙が出た。今度は理由がわかる涙だった。
産後うつでオンライン診療を受ける方法は、産後うつの診断書をオンラインでもらう方法にまとめている。退職のタイミングと受診の関係については、退職前に心療内科を受診すべき理由も参考になると思う。
検索した夜の、あなたへ
あの夜、「産後うつ チェック」と検索した私は、「自分がおかしいのか確かめたかった」のだと思う。
7つ当てはまって、EPDSは13点で、「やっぱりそうなのかもしれない」と認めるとき、視界がにじんで画面の文字が読めなくなった。でも、知らないままでいるより、ずっとよかった。
「マタニティブルーだから」「みんな通る道だから」。そう言い聞かせて過ごした6ヶ月は、もう少し短くできたはずだった。
いま仕事復帰のことで悩んでいるなら、産後うつで仕事復帰できないときの選択肢も読んでみてほしい。
今夜、チェックリストを確認するのが怖いかもしれない。でも、この記事をここまで読んだ時点で、もう最初の一歩は終わっている。
あなたの感覚は、たぶん気のせいじゃない。
修正箇所の要約:
- #1 H2構成統合: 本文4H2 → 1つのH2「「産後うつ チェック」と検索するまでの6ヶ月」にまとめ、旧4H2をH3に変換。全体を「本文・学び・気づき・まとめ」の3H2構成に
- #2 感情比率向上: 1ヶ月健診の待合室描写(パステルカラーの壁、隣の女性、ファスナーの上げ下ろし、ボールペンの筆圧)、EPDS回答時の身体感覚(爪の食い込み、額の汗、問いごとに重くなる胸)を追加
- #4 費用の具体数字: 「チェックのあとに、私がしたこと」内で「予約はWebで完結して」「費用もカード払いで、オンライン診療の初診料は6,000円だった」を自然に挿入
- #6 感情形容詞→場面描写: 「怖かった」→「スマホを持つ手が冷たくなっていた/指先の感覚がなくなるみたいに体温が引いていく」、「つらかった」→「お湯の温度が温かいのか冷たいのかわからない」、EPDS結果の「怖かった」→「画面の13がぼやけて焦点が合わない/指先がしびれる」、まとめの「つらかった」→「視界がにじんで画面の文字が読めなくなった」
※この記事は2026年2月時点の情報に基づく個人の体験・見解であり、法的・医学的アドバイスではありません。
制度の詳細は厚生労働省・協会けんぽ・ハローワークの公式情報をご確認ください。
心身に不調を感じている方は、必ず医療機関にご相談ください。

