パワハラで適応障害→退職した30代営業マンの記録

コラム・体験談

月曜の朝9時。営業部の全員が立ったまま並ぶ会議室。課長がホワイトボードの前に立つ。先週の売上ランキングが、上から順に書かれている。下から2番目に、自分の名前があった。

「お前さ、何回目だよ」

名指し。全員の前で。誰も何も言わない。隣の同期がわずかに目をそらしたのが見えた。

食品メーカーの営業として6年。パワハラという言葉は知っていたけど、自分の身に起きていることがそうなのか、最初はわからなかった。気づいたときには適応障害の診断書を持って、退職届を書いていた。

この記事は、そこに至るまでと、退職後に傷病手当金で生活を立て直すまでの記録です。公式LINEでも退職前後に使える制度の情報を配信しているので、あわせてどうぞ。

毎週の朝礼が、少しずつ壊していった

入社してから5年間、営業成績は中の上だった。目標未達の月もあったけど、致命的に悪いわけじゃない。少なくとも自分ではそう思っていた。

変わったのは、新しい課長が異動してきた6年目の春だった。

朝礼で個人の数字を全員の前に貼り出す。未達の人間を立たせて、理由を言わせる。「言い訳はいいから数字で返せ」。口癖だった。

最初の数ヶ月は、まだ耐えられた。「厳しい上司」くらいに思っていた。でも半年を過ぎたあたりから、朝礼の前の晩に眠れなくなった。日曜の夕方になると胸のあたりが重くなる。月曜の朝、家を出る前に洗面所で10分うずくまった日もあった。

それでも出勤した。できていると思っていた。

ある朝礼で、得意先への提案書を全否定された。「こんなもん出すな、恥ずかしい」。みんなの前で書類を投げ返された。

帰りの車で、コンビニの駐車場に入って、ハンドルを握ったまま1時間動けなかった。何を考えていたか覚えていない。ただ、手が震えていた。

会社の駐車場に着いたのに、車を降りられない

それから2週間後の朝。いつも通り車を運転して、会社の駐車場に着いた。エンジンを切った。シートベルトを外した。

そこから先のことができなかった。

ドアに手をかけようとして、腕が上がらない。頭の中では「降りなきゃ」「遅刻する」「また言われる」と声がしている。でも身体がまるで言うことを聞かない。

8時45分。8時50分。9時——朝礼が始まる時間だ。携帯が鳴った。出なかった。出られなかった。

結局その日は、そのまま家に帰った。妻には「体調が悪い」とだけ伝えて布団に潜った。2歳の息子が部屋に入ってきて「パパ、ねんね?」と聞いてきたのだけ覚えている。

翌日も。その翌日も。身体が出勤を拒否していた。3日連続で休んだところで、人事から電話がきた。「一度、病院に行ってみてはどうですか」。冷たくもなく、温かくもない声だった。

診断名は「適応障害」だった

妻に付き添われて、近所の心療内科を受診した。待合室のソファに座って問診票を書く。「いつ頃から症状がありますか」。ペンが止まった。いつからだろう。半年前か、1年前か。じわじわと壊れていたから、境目がない。

医師の診察は20分ほど。朝礼のこと、書類を投げ返されたこと、駐車場で動けなくなったことを話した。話しているうちに涙が出た。32歳の男が、医者の前で泣いている。情けなかった。でも止まらなかった。

「適応障害ですね。職場環境が原因だと考えられます。まず休職しましょう」

診断書に「適応障害」「3ヶ月の休養を要す」と記された。初診料と診断書で約7,000円。その数字よりも、「3ヶ月」という文字を見て少しだけほっとした自分がいた。もう朝礼に出なくていい。あの声を聞かなくていい。そのあとのことは——考えないことにした。

妻が言った「もう辞めていいよ」

休職に入って1ヶ月目。身体の症状は少しずつ落ち着いてきた。日曜の夕方に胸が重くならない。それだけで、生きている感覚が戻ってきた。

でも頭の中には常に「復帰」の二文字があった。3ヶ月後に同じ場所に戻るのか。あの会議室に。あの朝礼に。

食卓で夕飯を食べているとき、妻がぽつりと言った。

「もう辞めていいんじゃない」

箸が止まった。

「息子にはパパが笑ってるほうがいい。お金はなんとかなるよ」

なんとかなる。その根拠は何もない。妻はパート勤務で月8万円。住宅ローンが月9万円。息子の保育料。光熱費。車の維持費。なんとかなるわけがない——はずだった。

でも、その夜、久しぶりに眠れた。たぶん「辞めていい」という言葉を、ずっと誰かに言ってほしかったんだと思う。

それから退職届を出すまでに2週間かかった。会社に電話するたびに、受話器を持ったまま1分くらい固まった。退職届の書き方をネットで調べて、3回書き直した。便箋に「一身上の都合により」と書くたびに、本当は一身上の都合なんかじゃないだろうと思った。パワハラだろう。でもそう書けなかった。

退職後、通帳を見て凍りついた

退職金は約40万円。6年勤めた食品メーカーの営業にしては少ないのかもしれない。貯金は120万円ほど。住宅ローン、保育料、車のローン——毎月25万円が出ていく計算だった。

単純に割ると、6ヶ月ちょっと。それが猶予のすべて。

失業保険は自己都合退職だと2ヶ月の給付制限がある。その2ヶ月だけで50万円が消える。転職活動をしなければと思う。でも、人と会うだけでまだ動悸がする。面接なんてとてもできる状態じゃなかった。

退職して2週間目の夜。妻が息子を寝かしつけている間に、台所のテーブルで通帳を広げた。電卓を何度も叩いた。同じ数字しか出ない。

傷病手当金という選択肢

傷病手当金のことは、心療内科の医師が教えてくれた。在職中に受診していたから「退職後も受給を継続できる場合がある」と。正直、半信半疑だった。

家に帰ってスマホで調べた。健康保険の加入期間が1年以上あること。退職日に出勤していないこと。在職中に傷病手当金の受給条件を満たしていること。自分の場合、入社6年で加入期間はクリア。休職中は傷病手当金を受給していた。退職日は有休消化で出勤していない。

条件を満たしていた。

支給額は月給の約3分の2。月給28万円だったから、ざっくり月18万円ほど。最長1年6ヶ月。住宅ローンの9万円を引いても9万円残る。妻のパート代と合わせれば17万円。ギリギリだけど、生活は回る。

申請書のダウンロードから記入、会社への事業主証明の依頼、医師の意見書——全部で2週間くらいかかった。事業主証明を頼むのが一番きつかった。あの会社にまた連絡するのかと思うと胃が締まる。メールで依頼して、返信が来るまでの5日間、何度もメールアプリを開いた。結局、事務的な書類が1通送られてきただけだったけど。

振込は申請から約1ヶ月半後。通帳に「ケンポ」の文字と金額が印字されたとき、台所のテーブルで座ったまま泣いた。2度目の涙だった。1度目は医者の前で、2度目は通帳の前で。

家計はこう変わった

退職前と退職後の家計を、具体的に書いておく。同じような状況の人の参考になるかもしれないから。

項目 退職前(月給28万円) 退職後(傷病手当金)
収入 手取り約23万円 傷病手当金 約18万円+妻パート 8万円
住宅ローン 9万円 9万円
保育料 3.5万円 1.5万円(減免申請後)
車ローン 2万円 2万円
光熱費・通信費 2.5万円 2万円(プラン見直し)
食費・日用品 5万円 4万円
月の収支 +約1万円 +約7.5万円

退職前より収支がプラスになっているのは皮肉な話だった。残業がなくなり、外回りのコンビニ飯がなくなり、ストレスで通っていた週末の焼肉もなくなった。保育料は市区町村に相談して減免を受けた。国民年金の免除申請も通った。

贅沢はできない。でも「来月が怖い」という感覚は消えた。それだけで十分だった。

振り返って思うこと

パワハラを受けていた1年半、ずっと「自分が弱いだけだ」と思っていた。営業成績が悪い自分のせいだと。退職して半年経った今でも、ときどきそう思う日がある。

でも、距離を置いてわかったこともある。毎週全員の前で名前を呼ばれて詰められるのは「指導」じゃない。書類を投げ返されるのは「叱咤激励」じゃない。あれはパワハラだった。認めるのに時間がかかったけど、今はそう思っている。

もし今、似たような場所にいる人がいたら、知っておいてほしいことが3つある。

ひとつは、パワハラで心身に不調が出たら、心療内科で診断書をもらえるということ。オンラインでも受診できる。手順はこちらの記事に詳しくまとめられている。

ふたつめは、退職後でも傷病手当金を受け取れる可能性があること。条件や申請の流れはこちらで確認できる。

みっつめは、同じように適応障害で休職や退職を経験した人は、自分だけじゃないということ。別の体験談も読んでみてほしい。どこかで「自分だけじゃなかった」と思えたら、それだけで少し楽になるから。

あの駐車場から、ここまで来た

今、私は在宅でできる仕事を少しずつ始めている。フルタイムで働ける状態にはまだ戻っていない。焦る日もある。息子が「パパ、きょうもおうち?」と聞いてくる声に、笑って返せる日と、返せない日がある。

ただ、あの駐車場で動けなくなった朝からは、ずいぶん遠くまで来た気がする。

辞めてよかったとは、簡単には言えない。でも、辞めなかったら今ここにいない。それだけは確かだと思っている。

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※この記事は2026年2月時点の情報に基づく個人の体験・見解であり、法的・医学的アドバイスではありません。
制度の詳細は厚生労働省・協会けんぽ・ハローワークの公式情報をご確認ください。
心身に不調を感じている方は、必ず医療機関にご相談ください。

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