打ち合わせ後のエレベーターで、肩に手を置かれた。振り払えなかった。翌朝、通勤電車の中で動悸が止まらなくなって、駅のホームでしゃがみ込んだ。
セクハラが原因で退職を決意したとき、一番困るのが「どう辞めればいいかわからない」ということだと思う。この記事では、証拠の残し方から退職手続き、使える制度(会社都合退職・傷病手当金・失業保険)まで、具体的な手順をすべてまとめた。公式LINEでも制度まわりの情報を配信しているので、あわせてどうぞ。
セクハラ退職で使える制度の概要
セクハラを理由に退職する場合、知っておくべき制度は大きく3つある。
1つ目が「特定受給資格者」の認定。セクハラは雇用保険法上の「就業環境が著しく害された」ケースに該当する可能性があり、認定されれば失業保険の2ヶ月の給付制限がなくなる。給付日数も90〜330日に優遇される。
2つ目は傷病手当金。セクハラによる精神的な不調で医師の診断書が出た場合、給与の約3分の2が最長1年6ヶ月支給される制度。在職中に受給を開始していれば、退職後も継続できる。
3つ目が労災保険。セクハラが原因の精神障害は、厚生労働省の認定基準で労災の対象になっている。ただし認定のハードルは高く、証拠の準備が不可欠。
ハラスメント退職で使える制度の全体像はこちらの記事に詳しくまとめている。
あなたのケースで使える制度チェックリスト
以下に当てはまる項目を確認してほしい。
- セクハラの記録(メール・LINE・録音・手帳メモ等)がある → 特定受給資格者の認定申請が可能
- セクハラが原因で不眠・動悸・食欲不振など心身の不調がある → 心療内科受診で傷病手当金の申請が可能
- 在職中で健康保険に1年以上加入している → 退職後も傷病手当金の継続受給が可能
- 会社に相談したが改善されなかった記録がある → 特定受給資格者の認定でプラス材料になる
- 退職まで2週間以上ある → 退職前に心療内科を受診し、診断書を取得する時間が確保できる
1つでも当てはまれば、この記事の手順で動ける。3つ以上当てはまるなら、退職前のアクション次第で退職後の収入が数百万円単位で変わる可能性がある。
セクハラ退職の具体的な手順
Step 1:証拠を保全する
退職を切り出す前に、まず証拠を確保する。ハローワークで特定受給資格者の認定を受けるにも、労災申請をするにも、証拠がなければ始まらない。
有効な証拠は以下のとおり。
- セクハラの言動が含まれるメール・LINE・チャットのスクリーンショット
- 日時・場所・発言内容を記録した手帳メモ(日記形式で可)
- スマホの録音データ(秘密録音は民事上、違法とならない判例が多い)
- 目撃した同僚の名前と状況メモ(「○月○日、△△さんも同席していた」等)
ポイントは「いつ・どこで・誰が・何をしたか」を毎回メモすること。1回分だけでは弱い。複数回の記録があると、パターンとして認められやすくなる。
Step 2:相談ルートを選ぶ
証拠が揃ったら、相談先を決める。選択肢は3つ。
①社内の相談窓口・人事部。まずここに相談した記録を作る。「会社に申し出たが改善されなかった」という事実が、後の特定受給資格者認定で重要な根拠になる。
②都道府県の労働局「雇用環境・均等部(室)」。セクハラは男女雇用機会均等法の対象。会社への助言・指導・あっせんを無料で行ってくれる。電話一本で相談できるので、社内窓口と並行して進めるのがおすすめ。
③弁護士。損害賠償や慰謝料の請求を検討する場合に。初回相談無料の事務所も多く、着手金の目安は10万〜30万円程度。
迷ったら、①と②を同時に動かすのがいい。費用がかからず、記録が残る。
Step 3:心療内科を受診して診断書をもらう
ここが経済面で最大の分岐点になる。
不眠、動悸、出社前の吐き気——そうした症状があるなら、退職前に心療内科を受診して診断書を取得しておく。これがあると傷病手当金の申請が可能になる。
外出がしんどければ、オンライン心療内科という選択肢もある。自宅からスマホで完結。初診料3,000〜5,000円、診断書発行1,500〜3,000円が目安で、所要時間は15〜30分程度。ハラスメントでの診断書の取り方はこちらの記事に詳しい手順をまとめた。
大事なのは「退職前に受診→診断書取得→傷病手当金の受給開始」という順番。退職後に慌てて動くと、給与の約3分の2×最長18ヶ月分の給付を丸ごと逃す可能性がある。退職後の傷病手当金の仕組みはこちらを参照。
Step 4:退職届を提出する
証拠の確保と受診を済ませてから、退職届を出す。
退職届の理由は「一身上の都合」で問題ない。離職理由の判定はハローワークで別途行われるため、退職届の文面は影響しない。傷病手当金を継続受給したい場合、「退職日に出勤しないこと」が条件の一つ。有給消化の最終日を退職日に設定するのが安全なやり方。
Step 5:ハローワークで特定受給資格者の認定を申請する
退職後、離職票が届いたらハローワークへ。持参するものは、離職票・セクハラの証拠(Step 1で保全したもの)・会社や労働局への相談記録の3点。
セクハラ退職が「特定受給資格者」として認定されると、2ヶ月の給付制限なしで失業保険を受給できる。給付日数も自己都合の90〜150日より多くなる場合がある。
胸の中では何度も迷った。「証拠なんて残していない」「私の考えすぎかもしれない」。でも、手帳に1行書くことから始められる。
よくある失敗と対処法
私の一番の失敗は、我慢しすぎたこと。
上司の手が肩に触れるたびに身体が固まった。でも「広告業界ってこんなものかも」と飲み込んだ。思い切って同僚に話したら、「あの人、悪気ないんだよ」と返ってきた。その一言で口を閉じて、3ヶ月間黙った。
証拠を残し始めたのは、もう出社できなくなってからだった。3ヶ月分のLINEはすでに削除していて、手元に残っていたのは直近1ヶ月のスクリーンショットと、手帳に殴り書きしたメモだけ。最初の1回目から日付と内容を書いていたら——と何度も思う。
もうひとつ。退職を先に決めてから制度を調べたこと。傷病手当金の存在を知ったのは、退職届を出した翌週。在職中に受診していれば退職後も継続受給できたかもしれない。結果的にハローワークで特定受給資格者の認定は通ったけれど、傷病手当金のルートは使えなかった。月14万円×最長18ヶ月。失ったかもしれない金額を考えると、胃の底が冷たくなる。
退職を「決める前」に動く。証拠、受診、制度の確認——この3つを先に済ませるだけで、退職後の景色はまるで変わる。
業者に頼む場合との費用比較
退職代行や給付金サポート業者を使うか迷う人向けに、自分で手続きする場合と費用を比較した。
| 項目 | 自分で手続き | 退職代行業者 | 退職給付金サポート |
|---|---|---|---|
| 費用 | 0円(受診費のみ5,000〜10,000円) | 2万〜5万円 | 総支給額の10〜15%(数十万円) |
| 対応範囲 | 全手続きを自分で行う | 退職の意思伝達のみ | 制度申請のアドバイス |
| 傷病手当金の申請 | 自分で申請 | 対象外 | サポートあり |
| 証拠保全のサポート | なし | なし | 一部あり |
| 特定受給資格者の申請 | 自分でハローワークへ | 対象外 | アドバイスのみ |
退職代行は「会社に退職の意思を伝えてくれる」だけで、制度の申請は自分でやる必要がある。給付金サポートは手厚いが、傷病手当金を18ヶ月満額で受け取った場合の総額が約300万円だとすると、15%で45万円。一人暮らしの25歳には、正直とても出せる金額じゃなかった。手続きの中身を知ってしまえば、自分でやれる部分は少なくない。
まとめ
セクハラで退職するとき、黙って辞めると「自己都合」で処理されて終わる。証拠を残し、受診し、使える制度を押さえておくだけで、退職後の生活はまるで違ってくる。
全部を一度にやる必要はない。今日できることは、手帳を開いて日付と出来事を1行書くこと。それだけでいい。1ヶ月後の自分が、その1行に助けられる。
※この記事は2026年2月時点の情報に基づく個人の体験・見解であり、法的・医学的アドバイスではありません。
制度の詳細は厚生労働省・協会けんぽ・ハローワークの公式情報をご確認ください。
心身に不調を感じている方は、必ず医療機関にご相談ください。

